家政婦と睡眠薬

あれは、私が小学生の時のお話です。母の実家は、歩いて5分の所にありました。

その頃、母の実家は、老夫婦に住み込みの家政婦さんがいました。
家政婦さんは、高井(仮名)さんと言いました。

祖母は、ほぼ寝たきり、祖父は、足が弱く耳が遠く話が通じませんでした。

高井さんは、気難しい祖母に気に入られていました。声が大きく、大柄でした。
明るく良く笑っていました。

母は時々、子供達4人を連れて実家に泊まりに行きました。
夕方に行き、朝5時頃起きてわが家に帰る。そこで2度寝して7時に起きて学校に行く。

私は、高井さんが好きでした。とても程よく距離を取る。田舎の人特有のズカズカ入ってくる
感じがしない。
子供ながらに、居心地が良い大人でした。

母の実家は、2階建て。屋上もあってワクワクしました。高台にあったので、台風の時にも、
ランドセル持って避難しました。
私の家から海まで1分でした。

ある日、いつもの様に泊まりに行きました。
私は、たまたま夜中、トイレに起きました。

トイレが済んで 、自分の寝ている部屋に帰ろうとした時です。
「◯◯ちゃんも眠れないの?」いつの間に来たのか高井さんが目の前にいました。

しかも、いつもの明るい高井さんではありません。私は、トイレに起きたと言えなくて黙って頷きました。
高井さんは「私も、眠れないのよね。」と呟き「そうだ、良いものがあるわ。ちょっと待っていて。」

そう言って自分の部屋に行きました。暫くしてから、白い錠剤を持って来ました。
「私も、時々飲んでいるの。子供だから、半分でいいわ。」

私は、よく解らないけど、飲みました。
時間が飛んで、5分経った感じだったのに、朝でした。朝、ぼんやりしていたら、高井さんが、
「よく眠れたでしょう?」といつもの笑顔で
言いました。

あの頃は、理解出来なかったけど、睡眠薬だったと思います。何故か悪い事の様に感じ、誰にも言えませんでした。

それは、一度きりでした。私は、特に具合が悪くなる事も無く、あの時間が飛んでいく不思議な感覚を味わいました。

大人も、色々あるのだと思いました。ただ
明るい人と思っていましたが、眉間に縦ジワがあった気がします。

その後、祖父母は、息子夫婦(母の兄)と同居する事になり
高井さんは、家政婦を辞めました。

ほぼ会う事も無くなり、母に聞いたら、生涯独身だったと聞きました。
色々と苦労している人とだけ母から聞きました。

その後、再会したのは、叔父さんが亡くなった
お葬式の時と記憶しています。
いつもの明るい声で、懐かしんでくれました。

久しぶりに思い出した事を綴ってみました。